コラム勝木氏 コラム

勝木氏 コラム

第二十二話「米の消化性-1」

日本酒醸造界のレジェンド、勝木慶一郎氏による連載コラム第二十二話です。
今回は、「米の消化性」について詳しく解説して頂いています。

壕川沿いの桜満開

 今日は休日、朝から日差しが明るくおだやかな陽気に誘われて午前中は桃山御陵を尋ね春の香りを
楽しんだ後、うとうととベンチでまどろんだ後山を下り近鉄桃山御陵駅から大手筋書店街を一人
ぶらぶらと大手筋商店街を西へ歩いて来た。途中商店街の道幅いっぱいに広がって歩く、グループ連れ
と思われる、少し顔が赤くなった人たちと何度かすれ違った。龍馬通りを左折して壕川に出る。
両岸には桜は満開で川面に花筏を浮かべている。弁当を開く家族連れもいて、しばらく川沿いを歩き
大手橋から国道へ上がる。月桂冠昭和蔵を右手にみる橋のたもとには、この周辺では一番の遅咲きの
桜も芽を伸ばし、あと一週間もすれば見頃となるであろう姿を川面に映している。
午後一久しぶりに錦まで足を伸ばし春先の旬の魚を仕入れた。「さより」「めばる」「ささ鯛」おまけ
に少し旬は外れるが「イサザ」の佃煮と、あれもこれもと買い求めた。夕方に九州から上京また名古屋
から下る友人を誘いレンガ蔵で魚パーティを楽しむことになっている。持ち寄りの酒で皆、無言の食卓
となった。おなかもくちたところで、それぞれの近況報告をかねて四方山はなしに花が咲いた。
伏見A:造りも一段落し久しぶりのメンバーがそろいました。皆さん今年の造りは、昨年に続き米の溶け
が悪いようだけど、九州はどうでした。
福岡B:最初に私から例年同様に11月末に久留米の生食研(福岡県工業技術センター 生物食品研究所)
で九酒研(九州酒造研究会 https://kyushuken.info/ )として原料米委員会のチームとして
全国酒米統一分析を担当しました。結果は12月初めに本部へ、また福岡、佐賀、長崎三県の酒造組合を
通じて酒米の速報を出しました。内容は次に示します。

1.概要
今年は、日照不足及び登熟期の高温、カメムシによる被害等により、原料米の収量・品質ともに良くない。
米の溶解性については、各種解析結果を総合すると、「平年よりかなり溶けにくく、昨年より溶けにくい」
と判断される。令和5年産原料米を使用している製造場からの情報から、令和5年産米は最悪だった
令和4年産米に性質が似ていると考えられる。割れた砕米は整粒より水を多く吸うことで、数字で吸水量を
判断すると生蒸しが出る可能性がある。見た目を重視して吸水させる必要がある。事前にテスト吸水試験を
行い、現物をよく観察して浸漬時間を決めるなど、吸水量には十分注意する必要がある。
溶けないことが予想されるので、汲水を詰める、酵素剤を使用する等の対策を講じるべきと考える。
また、今年産の酒米は酵素で溶けているのではなく、物理的に溶けていると考えられ、この場合、ボーメは
出るがグルコースができていないためアルコールが出ない。ボーメだけで追水を判断せず、アルコールも
分析すべきである。



2.山田錦については、出穂期以降の気温のグラフで消化性を予測しています。



福岡B:酒米統一分析結果からは、最近目立つ米が溶けない、固いという現象は説明できません。
その点このグラフは、その年の米の溶解程度をよく説明できていると思います。
佐賀A:私も分析に参加しましたが、精米までは米は割れなかったのですが、浸漬して遠心分離すると米が割れる。
二連で行う吸水試験がなかなか終わりませんでした。同じ事が実際に蔵でも生じ、米が吸水で割れると浸漬時間が
よく判らなくて非常に苦労しました。特に麹米での判断が難しかったです。
伏見A:うちで今シーズン一番目立つのは、白米では割れは殆どありませんが、蒸米では非常に割れが多く目立ち
ました。仕込みでは富山県南砺市産五百万石の蒸米がやはり溶けませんでした。60%に磨いて純米酒としで仕込ん
だのですが、酒母では今思えばボーメが昨年より2低く出てましたが、酸は普通に6.3mlあり、その時点ではアル
コールを計らずに使用しました。踊りもボーメと酸は見ましたが、やはりアルコールは、計らずに仲、留と仕込ん
だのですが、留め後フクレが無く櫂を入れてもズブズブで直ぐモロミが流動を始めてびっくりしました。
結局モロミ日数が予定に満たず5日も早く上槽する羽目になりました。検定では、アルコールと日本酒度は目標値
ですが、モロミ和水もできず、粕歩合が60%になり、搾れた酒の量も相当少なくなりました。
伏見B:今の話のように、富山の五百万石が溶けずに困ったけど、他の地域はどうだったんだろう。何か情報はあり
ませんか?酒米では山田錦は、出穂後10日間位の気温の推移がその年の米の溶解に大きな影響を及ぼすと言われて
いるけども、そうなれば早生の酒米品種はおしなべて米は固くて溶けにくいのが理解できるけど、どうなんだろう。
佐賀A:九州では早生品種の酒米は、佐賀県には「佐賀の華」がありますが、ここ数年固くて溶けが悪いと言われて
います。主食品種には宮崎の早生品種が多く使われますが、やはり固い、溶けないと言われています。最近は低温
倉庫で貯蔵した前年の米も早造りに使われますが、それでも一定数量の早生品種は需要があります。
伏見B:名古屋は、今年の造りはどうでしたか?
名古屋A:私の蔵は兵庫の山田錦と岡山の雄町を使います。確かに岡山の雄町は、洗米で割れました。山田錦も洗米
で割れましたが、米の溶けは昨年と比較したそれほど溶けないとは思いませんでした。割れる、溶けないと言う現象
に少しなれたというか、本当に良かったと言える年が近年はありません。
名古屋B:緯度が高い北海道でも最近は梅雨があるとニュースで流れていましたが?ついに山田錦が栽培されたと
札幌の蔵から聞きましたが?苗を作り、移植して出穂までの生育は可能になっても、奥手である山田錦の穂が出揃い
成熟期も十分に取れる位に気温が高くなってきたのでしょうか?むしろ我々の地域のこれから先が心配になります。
Ka:さて、メールで事前に添付しましたが、最近の原料米があまり良くない事に関して、すこし踏み込んで意見交換
をしましょうか?添付したメールに沿って私から先に話します。米が固い、柔らかい、米が溶けるか、溶けなかったか?
と表現する現象は、米の消化性として話しを進めたいと思いますが、私達の醸造の分野は、酵母(生物学)がアルコ
ールを作る(化学)その時に原料米が溶けるか、溶けないか(物理学)のおよそ三つの視点が必要です。
今日のテーマである消化性を物理の視点で見てみましょう。「エキスと原エキス」について、モロミの初期から密度
とアルコール分が正確に計れるようになり関心のある蔵がずいぶん増えました。そこで少しだけお復習いをしながら
蒸米の溶解について理解を深めていきましょう。
始めにアルコールが醗酵する過程(化学反応)において、アルコール1mlができるには1.5894gのブドウ糖が消費され
ることが知られています。
濾液中のアルコール容量%に0.7947(アルコール比重)を掛けてアルコールの重量とし、
その二倍の数値がアルコールになる前の必要糖分量となる。 [ ( 1㎖ x 0.7947 ) x 2 = 1.5894g ]

そこで、モロミの濾液が濃いか(溶けているか)薄いか(溶けていない)を物理的に比較するには先の事実からまず、
アルコール分をブドウ糖の濃度に換算して戻し、これに現在の濾液中にあるエキス分(糖分)と合計し比較する。
合わせた数値を原エキスという。(物理で扱う次元を統一して化学反応における物質収支をあらわす)
少し固い話になりますが、米の固い柔らかいを理解するには避けて通れません。
佐賀A:原エキス分を式としてホワイトボードに書いてみます。

  E=1.5894a+e 
  ただし、
  E:原エキス分( g/100㎖ )
  a:アルコール分( ml/100㎖)
  e:エキス分( g/100㎖ )

佐賀A:言葉で表せば、モロミ濾液であれば、ある時点での原エキスは、その時点ですでにアルコールに変わって
いる糖分量とまだこれからアルコールに変わる可能性のある糖分量(グルコース)の総和として表せます。
名古屋B: こうして式に表すと数値が示す意味が良く解りました。意味を理解して無くてもパソコンのアプリに
便利な計算機があり今では簡単にでますしね。以前はエキス、原エキスの数値は電卓では計算が難しかったのですが。
ところで、ボーメやアルコール分から導かれた原エキスの数値で蒸米の溶解程度や更に粕歩合の推定は可能でしょうか?
Ka:それでは、具体的にだれか物質収支の考えでモロミの溶解をエキス分に変えて式に書ける人はいますか?
ホワイトボードに書いて下さい。
福岡B:まず、原料米の重量からモロミの容量そして酒になり搾って酒と粕に分かれる。この流れを物質収支の数式で
表すまえにホワイトボードにポイントを書き出します。
3つの原エキスによって構成されています。

①[原料米の原エキス総量]=②[モロミ中の原エキス総量]+③[粕中の原エキス総量]

①米重量×固形分%(澱粉)―――原料米の固形分は、澱粉価と考えることができる。
②モロミ濾液の原エキス×モロミ数量 ―――― 醗酵中の原エキス
③酒粕の重量×酒粕の固形分%

式に表します。 
MR = ML + MC

MR:原料米中の原エキス総量(kg)
ML:モロミ液中の原エキス総量(kg)
Mc:酒粕中の原エキス総量(kg)
ただし、


E/100:モロミ濾液の原エキス分(kg)
V:モロミ中の全液量
K1:酒粕中の固形分
C:酒粕の重量
K2:原料米の固形分
R:原料米の重量(kg)

(1)式に(1)(2)(3)式を代入すると、言葉で示した式になる。


Rは原料米重量を示し、K2は固形分として澱粉量を表し、重量から水分を
差し引けば求められる。ここで、左辺は仕込配合の総米重量とすれば、米が溶解して酒の原エキスが増える
ためには粕の固形分が減ることが必要となる。
この式の示す意味は、酒も粕も米の溶解すなわち消化性に依存することを示している。
米がモロミ中で溶けながら、アルコールに変化していく平行複醗酵の持つ意味がよく解る。
福岡A:私の蔵では前の杜氏さんは、「溶ける米は溶かさない、溶けない米は使わない」
と言っていました。酒造好適米を求めてきた歴史はここらにあるのでしょうか?
伏見A:酒造の現場では、モロミ途中のE:原エキス分はアルコール分とボーメ値(日本酒度)から算出可能
ですが、V:モロミ中の全液量やK1:粕の固形分は正確に分からず、C:酒粕量をどうして算出するのですか?
Ka:こういう場合には、考え方を現場の状況に合わせて整理します。
V:モロミ中の全液量は、酒粕中の固形分の占める体積はモロミ液全体積に対して非常に小さいとして、
モロミ液量で代用する。
K1:酒粕の固形分%は、酒粕重量(kg)-酒粕にしみこんでいる酒の重量(kg)÷酒粕重量×100
蔵毎にモロミの圧搾方法や求める酒質により圧搾程度に差がつくので、取りあえず50%とする。
この二つは製造場固有の数値として見てよいので、必ず実測値に基づく値とする。
福岡B:では、(5)式をC:について解くと例えば、


50:粕の中の固形分を50%として推定
 85:白米の水分15%として固形分を推定となり酒粕重量は推定できる。


以上です。今日のレポートは日本醸造協会Vol.63 No.1 page31-37 身近な物理「歩合」として永谷正治先生が
寄稿された記事を参考にして自分なりに理解した範囲でまとめました。
しかし、ここから先は実際の自分の蔵に置き換えて考察した結果、K1:酒粕の固形分%は、精米歩合や目的の酒の種類、
また圧搾程度で変わります。最近では藪田式圧搾機の圧搾圧を標準よりずいぶん下げて搾ります。従っておおよそ50%
の純米吟醸酒では1/30~1/40の数値を使います。さらに白米水分についても精米歩合を50%としポリ仕様密閉袋を
想定すれば、白米保有水分から固形分に相当する数値を90~88等と数値を自分の蔵の実測値に合わせて確認すれば、
より精度良く推定可能になると思っています。
Ka:ここまでで、何か質問はありませんか?無いようでしたら、このレポートから解ることは、原料米の溶け具合は、
最終的には粕歩合による。しかし、実際のモロミ途中では、ボーメの出方やアルコールの付き方に違いが生じます。
そうした場合その変化の違いを「原エキス管理表」(九州酒造研究会制作アプリ)を使うことも非常に有効です。
その年の傾向や産地間の差を見ることが可能です。
名古屋B:グラフによる溶解程度の違いを比較する事は視覚的に有効ですが、もう少し正確に知るには、モロミ液量が
必要だと言えます。多少面倒でも実際にモロミを採尺し、数量を求めます。 E:原エキス分(g/100ml)は
液量100ml中の糖のg数、すなわち%と考えて良いとします。しかし、たとえ原エキスの数値が同じ値であっても
個々のモロミでは、留までの汲み水歩合や、醗酵途中の和水量が異なります。したがって、ML:モロミ液中の
原エキス総量(kg)が重要です。(仮に原エキス個数と表しましょう)
この数値は、少なくとも仕込み配合を同じにする自社で同一品種、同一精米歩合における消化性の比較には、
使用できると思います。


             二階の窓越しに赤レンガ煙突をみる。

Ka:原エキスを求めて蒸米の溶解を知ることができる事は、理屈ではわかってました。しかし、モロミ初期のボーメや
特にアルコール分を正確に計る方法が現場にありませんでした。実際にそれぞれの蔵で計る事が可能になったのは、
SDK分析法が認められてからです。手動式ではサンプル量が最小30g必要となっていますが、20gでも十分精度良く分析できます。
福岡A:SDK法の開発目的が踊りやモロミ初期の原エキスを求めるためと聞いています。また、私たちは酵母を選抜する
場合に小仕込み試験としてタンクに見立てたビーカーを天秤に乗せて炭酸ガス減量法でアルコールを推定しますが、
もう一つ指標であるボーメが計れないですよね。
伏見A:ところで、他社と比較する時には、最終的には、溶解の程度は粕歩合になりますか?
佐賀A:粕歩合は最も簡単に比較できる数値と思いますが、各社で搾りの程度が品質に及ぼす考え方に違いがあると思います。
そこで、原エキスを利用して、製成検定時の搾れた酒の原エキスと容量から原エキス個数を出して、使用した白米重量
で割り出した数値はどうでしょうか?数値が何を意味するかは、どのような酒質を求めるかにより違いはありそうですし、
蔵毎に品種や、酵母の違い、種麹の違い、温度経過の違いを確かめる指標になり得ると思います。
(原エキス×製成数量)÷原料白米数量=白米1kg当りのエキス収量(原料利用率と考える事も可能)
伏見A:しかし、留め迄の汲み水歩合は、仕込配合を従来からの慣習として、あまり深く考えずに今まで使ってきました。
さらに合わせ途中の加水量は重要なんですね。


                  壕川を北に見る

Ka:原料米の消化性は別の表現では、原料米の利用率として表せる。最終的に皆さんが直感的に理解している消化性の
米の溶け具合としての数値は、やはり粕歩合でしょう。またモロミ初期から醗酵途中において溶け具合を判断するには、
アルコール分や日本酒度から過去のモロミ経過と比較して経験的に知ることは出来ました。しかし原エキスを求め溶解
程度を求めることで、より正確に知ることが可能になりました。そのときに重要な数値は醪液量になり仕込み配合に
おけるくみ水の重要性が改めて理解できたと思います。
伏見A:米の消化性については少しは理解できました。ここで、まったく米については、栽培から生育、成熟、乾燥
調整まで知らないことがまだたくさんありそうです。皆さん明日午前中にあらためて佐賀のAさんから栽培の現場の話を
詳しく聞きませんか?


                    加茂川縁

勝木 慶一郎氏 紹介

・醸造家酒造歴:50年、佐賀 五町田酒造45年、京都 松本酒造5年
・特技:酒造工程の改善、SDKアルコール分析法の考案
・趣味:写真機、世界中のBeerを一種類でも多く飲む、真空管ラジオで短波放送を聴く

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